家族構成は正確にはよく分からないが、
お母さんがいて、男女の子供たちが3人ぐらいで、
普段は静かだがオリンピックとかそんなスポーツの大イベントがあると、
家族の歓声が聞こえてきた。
その声は例え夜中であったとしても、
とても柔らかく聞こえ、
知りもしないがとても好感の持てる家族が側にいるようで、
僕にとっていいお隣さんであった。
日曜日。
しばらく休みがない日々が続いていたが、
落ち着いたと言うか、あまりムキになって働く姿が迷惑がられたと言えば良いのか。
正確にはどう言えば良いのか分からないが、
その日は家にいた。
たまにお母さんが子供たちを叱る声が聞こえてくるのだが、
いつものようにその声が聞こえてきた。
「3日後には引っ越すというのに何も準備できてないじゃない」
毎日、早く帰るようになっていた。
引っ越し業者のトラックが止まり、
右へ左へユニフォームを着た男たちが荷物を部屋から持ち出していた。
妻によると、隣のお母さんは、業者が来ると何も準備できていないことをひたすら謝る声が聞こえてきたそうであるが、
何れにしても部屋にある荷物はトラックへとドンドンと積まれていき、
僕が帰る頃は既に最終段階であったようで、
しばらくすると恐らくは様子を見に来たアパートの隣人に別れを告げる声が聞こえ、
トラックの音と共に去って行った。
付き合いもないし、何の思い出もないのだが、
もう二度と彼らがテレビを見て家族で思わず同時に上げてしまう声やため息を
もう聞くことができないかと思うと、
残念であり、寂しい気持ちになってしまった。
今日は寿司屋が閉店した翌日であった。
渡し忘れたアンケートを持ち、
店の前に向かう。
お礼の言葉が書かれた紙が貼られており、
通りがかりの人が立ち止まり、物思いに耽る。
アンケートを紙とシャッターの間にねじ込んだ。